番組詳細
TVメタ情報 > 番組一覧 > 日付: 20240325 > エピソード: 1305953
エピソード情報
放送局 | NHK総合大阪 |
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プログラム名 | NHKスペシャル |
エピソード名 | 未解決事件・松本清張と帝銀事件 第2部 74年目の“真相” |
カテゴリ | 一般劇 |
放送時間 | 2024-03-25 01:35:00 〜 2024-03-25 02:35:00 |
WireActionデータ更新時刻 | 2024-03-25 03:39:25 |
コーナー・トピック・パラグラフ
(オープニング)
[corner=11253490]
オープニング
[topic=17168085]
詳細
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01:35:00
-
01:40:02
]
302秒
詳細
オープニング映像。今夜のドキュメンタリーは「未解決事件・松本清張と帝銀事件 第2部 74年目の“真相”」。松本清張が追求した事件の真相に迫る。
オープニング映像。今夜のドキュメンタリーは「未解決事件・松本清張と帝銀事件 第2部 74年目の“真相”」。松本清張が追求した事件の真相に迫る。
(NHKスペシャル)
[corner=11253491]
帝銀事件 74年目の”真相”
[topic=17168086]
詳細
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01:40:02
-
01:49:47
]
585秒
詳細
昭和23年1月26日東京・豊島区、帝国銀行椎名町支店に都職員を名乗る男は職員らに赤痢の予防薬と称した毒を飲むように指示、現金と小切手を奪って逃走した。事件では8歳の子供含む12人が死亡した。警察は事件に延べ2万人以上を導入、モンタージュ写真を使用するなど7ヶ月に渡って捜査の末、横山大観の弟子・平沢貞通が逮捕した。1ヶ月以上の取り調べの末、平沢は罪を自供し死刑判決が下された。判決後、様々な異論を呼び、事件の被害者・竹内正子さんの長女は正子さんが事件について一貫して犯人は平沢とは異なると語っていたという。作家・松本清張は事件に疑問を抱き平沢がコルサコフ症候群を患っていたことから警察の求めに応じて自供したのではないかと推測した。
昭和23年1月26日東京・豊島区、帝国銀行椎名町支店に都職員を名乗る男は職員らに赤痢の予防薬と称した毒を飲むように指示、現金と小切手を奪って逃走した。事件では8歳の子供含む12人が死亡した。警察は事件に延べ2万人以上を導入、モンタージュ写真を使用するなど7ヶ月に渡って捜査の末、横山大観の弟子・平沢貞通が逮捕した。1ヶ月以上の取り調べの末、平沢は罪を自供し死刑判決が下された。判決後、様々な異論を呼び、事件の被害者・竹内正子さんの長女は正子さんが事件について一貫して犯人は平沢とは異なると語っていたという。作家・松本清張は事件に疑問を抱き平沢がコルサコフ症候群を患っていたことから警察の求めに応じて自供したのではないかと推測した。
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01:49:47
-
01:58:12
]
505秒
詳細
立命館大学・稲葉光行氏はテキストマイニングというい技術で冤罪事件容疑者の供述を分析してきた。稲葉光行氏は毒物の特定を急ぐ検事と平沢のやり取りを解析、正解に合うように仕向けているそういう誘導的なやりとりがあるなどと話した。平沢の犯行再現映像に一瀬敬一郎弁護士は平沢氏に犯行再現行為をさせているけれど本当の真実の犯人と同じような動作が全然できなかった、非常に重要な証拠などと話した。生涯にわたって無実を訴え続けた平沢は37年前に獄中で死亡した。
立命館大学・稲葉光行氏はテキストマイニングというい技術で冤罪事件容疑者の供述を分析してきた。稲葉光行氏は毒物の特定を急ぐ検事と平沢のやり取りを解析、正解に合うように仕向けているそういう誘導的なやりとりがあるなどと話した。平沢の犯行再現映像に一瀬敬一郎弁護士は平沢氏に犯行再現行為をさせているけれど本当の真実の犯人と同じような動作が全然できなかった、非常に重要な証拠などと話した。生涯にわたって無実を訴え続けた平沢は37年前に獄中で死亡した。
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01:58:12
-
02:05:04
]
412秒
詳細
作家・松本清張は捜査の本丸が旧日本軍関係者であることを突き止めた。捜査一課係長・甲斐文助が残した捜査手記について明治大学・山田朗教授は捜査を始めて半年ぐらいで日本軍の秘密戦関係などの今だったら調べることができないようないろんなデータが記されているなどと話す。さらに山田教授は当時の刑事はほとんどが戦争体験者、軍隊の中のこともある程度は知っていたが刑事らは全くそれまで知らなかった日本陸軍の姿に刑事らは触れてしまったなどと話す。事件前には似た手口の事件が起こっておりその犯人が現場に遺したのが厚生技官・松井蔚という人物だった。甲斐はかつて平沢と名刺交換をしていた松井蔚を調査、松井らが毒物研究に関わっていたことを突き止めるも松井には事件当時確かなアリバイがあったため捜査線上からは消えた。
作家・松本清張は捜査の本丸が旧日本軍関係者であることを突き止めた。捜査一課係長・甲斐文助が残した捜査手記について明治大学・山田朗教授は捜査を始めて半年ぐらいで日本軍の秘密戦関係などの今だったら調べることができないようないろんなデータが記されているなどと話す。さらに山田教授は当時の刑事はほとんどが戦争体験者、軍隊の中のこともある程度は知っていたが刑事らは全くそれまで知らなかった日本陸軍の姿に刑事らは触れてしまったなどと話す。事件前には似た手口の事件が起こっておりその犯人が現場に遺したのが厚生技官・松井蔚という人物だった。甲斐はかつて平沢と名刺交換をしていた松井蔚を調査、松井らが毒物研究に関わっていたことを突き止めるも松井には事件当時確かなアリバイがあったため捜査線上からは消えた。
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02:05:04
-
02:14:56
]
592秒
詳細
警察は秘密部隊・七三一部隊・石井四郎部隊長と接触、石井は俺の部下にいるような気がする、君らが行っても言わぬだろうなどと証言した。731部隊は細菌兵器開発のため旧満州で人体実験を繰り返していた。甲斐らは捜査の末、遂に石井から青酸カリの実験について聞き出すことに成功、石井は青酸カリでの人体実験を認め、731部隊の憲兵Aがよく似ている、やりかねない人物などと証言した。甲斐らは731部隊とのつながりのあった登戸研究所幹部・伴繁雄と接触、未知の毒物・青酸ニトリールについて証言、さらに青酸ニトリールが軍関係者によって持ち出されていたことは判明した。
警察は秘密部隊・七三一部隊・石井四郎部隊長と接触、石井は俺の部下にいるような気がする、君らが行っても言わぬだろうなどと証言した。731部隊は細菌兵器開発のため旧満州で人体実験を繰り返していた。甲斐らは捜査の末、遂に石井から青酸カリの実験について聞き出すことに成功、石井は青酸カリでの人体実験を認め、731部隊の憲兵Aがよく似ている、やりかねない人物などと証言した。甲斐らは731部隊とのつながりのあった登戸研究所幹部・伴繁雄と接触、未知の毒物・青酸ニトリールについて証言、さらに青酸ニトリールが軍関係者によって持ち出されていたことは判明した。
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02:14:56
-
02:22:23
]
447秒
詳細
松本清張は捜査の過程でGHQの権力は働いたのではないかという仮説を打ち立てた。ジャーナリスト・ウィリアム・トリプトレットは帝銀事件の捜査記録はGHQ公安課でつくられらたものであるなどと話した。アロンゾ・シャタック氏は731部隊が得た人体実験データを得ることで石井らを免責とする締結を結んでいた、旧日本軍の秘密部隊の存在が夜に伝わることをGHQは望んでいなかったなどと話した。
松本清張は捜査の過程でGHQの権力は働いたのではないかという仮説を打ち立てた。ジャーナリスト・ウィリアム・トリプトレットは帝銀事件の捜査記録はGHQ公安課でつくられらたものであるなどと話した。アロンゾ・シャタック氏は731部隊が得た人体実験データを得ることで石井らを免責とする締結を結んでいた、旧日本軍の秘密部隊の存在が夜に伝わることをGHQは望んでいなかったなどと話した。
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02:22:23
-
02:33:39
]
676秒
詳細
陸軍参謀本部で作戦立案などを担っていた有末精三中将らはGHQの存在をほのめかし、軍関係の捜査に難色を示した。明治大学・山田朗教授は戦争犯罪を犯したけれども追求しないで隠蔽する、データを独占してしまう全く違った流れができてしまう、末端で関わった人らまで免責することが具体的に語られ始めたのが帝銀事件のまさに捜査をやっている最中だったなどと話した。有末らの聴取からわずか1週後突如、警察は平沢貞通を逮捕、本丸の日本軍関係者への捜査は急転換する。今回の取材で憲兵Aは昭和49年に亡くなっていたことが分かった。凶器は青酸ニトリールだと指摘していた伴繁雄はそれまでの供述を覆す青酸カリと意見書で証言した。登戸研究所資料館に残されてた伴繁雄の手記には伴繁雄がGHQの取り調べを受けていたことが記されていた。松本清張は警視庁の主観が新聞の主観となりそれが読者の主観となり世論の主観となるのであると述べた。昭和62年にこの世を去った平沢貞通は獄中で2000点以上の作品を書き遺した。現在20回目の再審請求が行われていて弁護団は独自の自白の検証や毒物の鑑定などを行い裁判のやり直しなどを求めている。
陸軍参謀本部で作戦立案などを担っていた有末精三中将らはGHQの存在をほのめかし、軍関係の捜査に難色を示した。明治大学・山田朗教授は戦争犯罪を犯したけれども追求しないで隠蔽する、データを独占してしまう全く違った流れができてしまう、末端で関わった人らまで免責することが具体的に語られ始めたのが帝銀事件のまさに捜査をやっている最中だったなどと話した。有末らの聴取からわずか1週後突如、警察は平沢貞通を逮捕、本丸の日本軍関係者への捜査は急転換する。今回の取材で憲兵Aは昭和49年に亡くなっていたことが分かった。凶器は青酸ニトリールだと指摘していた伴繁雄はそれまでの供述を覆す青酸カリと意見書で証言した。登戸研究所資料館に残されてた伴繁雄の手記には伴繁雄がGHQの取り調べを受けていたことが記されていた。松本清張は警視庁の主観が新聞の主観となりそれが読者の主観となり世論の主観となるのであると述べた。昭和62年にこの世を去った平沢貞通は獄中で2000点以上の作品を書き遺した。現在20回目の再審請求が行われていて弁護団は独自の自白の検証や毒物の鑑定などを行い裁判のやり直しなどを求めている。
(エンディング)
[corner=11253492]
エンディング
[topic=17168087]
詳細
[
02:33:39
-
02:34:00
]
21秒
詳細
エンディング映像。
エンディング映像。